
1.最初の拍手と違和感
月曜の朝、新しい彼がフロアに入ってきたとき、形だけの拍手が起こった。人事部長が「今日から我が社の一員です」なんて笑顔で言ってたけど、俺たちの心は正直冷めてた。
「また障害者雇用枠か。今回はどれくらい持つ?」
そんな目で見てた。過去に何人も入っては、数ヶ月もたずに消えていった。
あのぎこちない笑顔を見た瞬間から、“あぁ、また始まったな”って察した。
2.最初の仕事:データ入力での地雷
任されたのはエクセルの入力。
顧客情報の住所や電話番号を名簿から打ち込む、正直言って新人でもやれる単純作業。
でも彼は初日からつまずいた。
「郵便番号にハイフンを入れてください」と伝えたのに、数字だけで打ち込む。修正をお願いすると、「どこを直せばいいかわからない」と固まる。
さらに、漢字変換で「齋藤」を「斉藤」と誤入力したまま保存。顧客に送付した資料が戻ってきて、クレームが入った。
上司は「最初だから仕方ない」で済ませたけど、裏で俺たちはヒヤヒヤしてた。
その後も電話番号の桁を間違えたり、住所を途中で切って入力したり。後から全部確認し直すこっちの負担は倍増。
3.コピー機の前で立ち尽くす
次に頼んだのは書類のコピー。20部を両面印刷で準備して、って言っただけ。
だけど彼は、片面印刷で100枚も出力。しかも裏表が逆さまになって、会議直前に使えなくなった。
焦ってるのは見りゃわかるけど、コピー機の前で固まって動けない。俺が「ちょっと貸して」って代わりに操作したけど、その間も彼は立ち尽くすだけ。
結局、時間ギリギリで仕上げたのは俺たち。
「ありがとう」と言う彼に、心の中で俺は思った。“いや、ありがとうじゃなくて、最初からやってくれよ”って。
4.昼休みの沈黙
昼休み、勇気を出して俺たちの輪に入ってきたこともあった。
「趣味とかあるの?」って軽く聞いたら、「マンガです」と一言。
「何読むの?」と聞いたら、黙り込む。やっと出てきた答えが「……ジャンプ」。
いや、それ以上あるだろ。けど本人はそれで終わり。
空気が白けて、誰かが「昨日のドラマ見た?」って話題を変えた。
それ以降、彼は一人で弁当を食べてスマホをいじるようになった。別に仲間外れにしたわけじゃない。ただ、盛り上がらない人と話すのは正直しんどい。
5.電話のベルで固まる
ある日、電話が鳴った。席が一番近かったのは彼。
でも、受話器を見つめたまま固まって、まるで凍りついたみたいに動かない。結局、俺が受け取って「はい、〇〇株式会社です」と対応した。
終わってから「どうして取らなかったの?」って聞いたら、「もし間違えたらどうしようと思って」。
気持ちはわかる。でも、電話一本も取れない人材を現場が抱え込むって、どう考えても無理がある。
6.“配慮”という名の仕事外し
1ヶ月もしないうちに、彼の机はいつもスカスカ。
「負担を減らすため」という名目で、仕事を外された。
最初は入力作業を任されてたのに、今はシュレッダー係と郵便物の仕分け。誰も口には出さないけど、“戦力外”の烙印を押された証拠だ。
俺たちは忙しく資料作りをしてるのに、彼は郵便受けから封筒を取ってくるだけ。
表向きは「無理をさせない優しさ」。でも本音は“いない方が楽”。
7.現場のストレス
彼がいるせいで、俺たちが余計に気を遣う羽目になった。
「この作業、任せても大丈夫か?」って確認してから渡さなきゃならない。
提出物は必ずダブルチェック。結果、残業は増えるのに、上には「チームで協力してる」と報告される。
なんで俺らが尻拭いし続けなきゃいけないんだって、正直イライラしてた。
でも面と向かって言えない。言ったら最後、「障害に理解がない」と叩かれる。
8.腫れ物扱いの空気
次第に彼は会議にも呼ばれなくなった。
上司は「本人に負担をかけないため」と言ってたけど、実際は邪魔だから。
昼の雑談も形式的に一言二言。笑顔は作るけど、会話は続かない。
そのうち、誰も彼に声をかけなくなった。
でもそれを「いじめ」じゃなく「配慮」って呼ぶのが、この職場のやり方。
9.最後の決定打
ある日、顧客に送る大事な契約書を封入する作業を任せた。
封筒の宛名シールを上下逆に貼り、しかも内容を間違えた。顧客からクレームが入り、上司が平謝り。
会議後、上司が「大丈夫、大丈夫」と肩を叩いたけど、その目は冷たかった。
俺たちは気づいてた。“もう、終わったな”って。
10.現場の本音
正直、俺たちの中では答えは出てた。
「できることなら、早く別の人に入れ替えてほしい」
でも法律があるからそうはいかない。だから、居場所を狭めて、自分から辞めてもらうしかない。
これが現場の現実。
表向きは笑顔と優しさ。裏では「もう限界だよな」って囁き合う。
それを合理的配慮と呼ぶか、偽善と呼ぶか。答えは言うまでもない。

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