
──ASDという理由で“理解されないまま”終わる話
1.「わからないことは聞いてね」の罠
入社初日、「わからないことは何でも聞いてください」と言われた。
だから俺は、本当にわからないことを全部聞いた。
・「“適当に”って、どこまでやればいいですか?」
・「“臨機応変”って、どう判断すればいいですか?」
・「この言い回しは、文字通りですか? 比喩ですか?」
──3日後、空気が変わった。
「もうちょっと考えてから聞こうか」
「いちいち細かすぎるよ」
俺の“確認”は、“コミュ障”“厄介なやつ”に変換されていった。
2.言われたことは守った。でも、それが“問題”だった
上司に「昼休憩は12時〜13時でお願いします」と言われた。
だから、毎日12時ジャストに席を立った。
周囲は少し時間をずらして休憩していたらしい。
ある日、呼び出されてこう言われた。
「みんなの様子も見ながら行動しようか」
──言葉通りに行動したら、“空気が読めてない”ことになった。
ASDの特性は、“文脈”や“空気”の処理が苦手なことだ。
言葉通りにしか受け取れない。
柔軟に動こうとすると、逆に混乱する。
でも職場では、「自分で考えて」「その場の判断で」「臨機応変に」が当然で、
それができないと、「仕事ができない人」になる。
3.雑談に混ざれない。“仲間”にすらなれない
会話のテンポが速い。話題が飛ぶ。笑いのポイントがわからない。
俺は職場の雑談に、ずっと入れなかった。
最初は気を使って話しかけてくれてた同僚も、
やがて何も言ってこなくなった。
昼休憩も、1人でスマホを見る時間になった。
会話の輪の中に、俺はいなかった。
──「業務に支障はないでしょ?」って言われるけど、
この孤独感は、業務以上にしんどい。
雑談から生まれる“非公式の情報”がわからないから、
人間関係の地雷を踏んでしまう。
挨拶を無視されても、理由がわからない。
ASDにとって、職場は「見えないルールの連続」だ。
ルールが明文化されていない限り、俺は何も理解できない。
そして、気づいたときには“浮いている人”として扱われる。
4.合理的配慮を頼むこと自体が、孤立の始まりだった
「ASDです」と伝えた。
「視覚的な指示や、マニュアルがあると助かります」とも言った。
最初は「配慮しますよ」と言われた。
でも、それが続いたのは最初の数日だけだった。
・「マニュアルは自分で作ってみて」
・「業務の流れは、周りを見て覚えてね」
・「あまり細かく説明すると、かえって混乱しちゃうでしょ?」
──お願いすればするほど、「面倒な人」になっていった。
「“障害”って言っても、そこまで困ってるように見えないんだけど」
その一言で、全部が終わった気がした。
ASDの困りごとは、見た目に出にくい。
“頑張ればなんとかなりそう”に見えてしまうから、
頑張れなかったとき、サボり・怠慢・空気読まないやつにされる。
5.俺がいなくなっても、誰も困らないような仕事を割り振られた
業務から少しずつ外されていった。
「今はちょっと忙しいから、後でね」と言われ続けて、
気づけば俺に振られる仕事は、誰でもできる作業だけになっていた。
“辞めても代わりがきく仕事”だけ。
“人間関係を必要としない仕事”だけ。
そして上司にこう言われた。
「今の仕事に不満があるなら、次を考えましょうか」
──“配慮”とは名ばかりの、“切り離し”だった。
終わりに:言葉をそのまま受け取ることで、壊れる人がいる
「わからないことは聞いて」「自分の特性は開示してね」
──全部その通りにしたつもりだった。
でもその結果、俺は「ややこしい人」になった。
ASDの特性は、周囲が“無意識に使っている曖昧さ”に対応できないことだ。
曖昧な言葉、慣習、雰囲気。
それらが“暗黙の了解”で動いている職場では、
俺は常に間違え続けるしかない。
「適応力がない」
「社会性がない」
──最後にそう言われて、
また職場を去ることになった。
今度の職場でも、同じことになる気がしている。
でも、もう「わかりません」とすら言えそうにない。

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