
1|できないことがある。それだけの話なのに、罪のように扱われる
忘れ物が多い。ケアレスミスが直らない。会話の空気がつかめない。普通の人間関係が築けない。「だからどうした」って言えたら、人生もっと楽だった。けど現実は、「それって甘えじゃない?」で全て片付けられる。俺が何度も繰り返し、何年も悩んできた“できなさ”は、努力不足か性格の問題って扱いされる。
何か説明しようとすると、「言い訳するな」って言われる。でも違うんだ。言い訳じゃない。ただ、生きててずっと不具合があるだけ。脳の配線の問題で、最初からこの社会のOSに適応できてないだけなんだ。
でもその不具合は、目に見えない。CTにもMRIにも映らない。だから他人は「お前が怠けてる」と思い込む。それを言われるたび、俺の自己評価は確実に削られていく。
2|発達障害“グレーゾーン”という無敵の地獄
診断がつけば、まだ救いがある。手帳があれば、制度につながることもできる。でも俺は、発達障害グレーゾーン。診断が出ない。でも困りごとは山ほどある。調べたらチェックリストは全部当てはまる。でも「医学的には健常者」。
つまり、“普通にやれ”の圧力はそのままで、支援の網にはかからない。これが一番きつい。周囲からは「ちゃんとしなさい」と言われ、支援機関からは「ギリ対象外」と言われる。結果、どこにも居場所がない。
しかも社会は、「診断がない=できる」という前提で俺を見る。問題行動やパフォーマンスの低下は、全部「自己責任」。怒られて、注意されて、異動させられて、病んで、辞める。それが何度も繰り返される。グレーゾーンは、支援の届かない地獄に取り残された無戸籍市民みたいなもんだ。
3|“甘え”って言葉で、どれだけの人間が潰れてきたか
「お前、また寝坊?社会人なんだからさぁ」
「言われたことぐらい、メモすればいいじゃん」
「毎回同じミスして、何も反省してないの?」
周囲のこういう一言が、どれだけ刺さるか分かってない。こっちは、毎晩寝る前に「明日こそ起きるぞ」って10回は唱えてるんだよ。それでも朝起きられない。メモしたって、見返す前に頭が真っ白になる。反省?してるに決まってるだろ。夜中に過去の失敗ばっかり思い出して、寝つけなくなるほどにはな。
でも、それを口に出せない。「甘えてる」って返ってくるから。何を言っても「それは逃げ」「努力が足りない」で終わる。
俺たちは、“甘えてるわけじゃない”ってことを説明するために、人生のほとんどのエネルギーを使い果たしてる。笑えないだろ。
4|「普通にやれ」が殺し文句になる社会
ADHDだろうがASDだろうが、診断がついてなかろうが、結局社会は「普通にできないやつ」に冷たい。融通が利かない。配慮もない。弱さは「個人の責任」として処理される。人間らしさじゃなくて、パフォーマンスで評価される時代。
ミスしない人間が偉い。長時間働ける人間が偉い。自己管理できる人間が“普通”。
それができない俺たちは、何度も何度も、「自分には価値がないんだ」と叩き込まれていく。人間関係が崩れても、自分を責めるしかない。職を失っても、「努力しなかったお前が悪い」で終わる。社会の側には、何の責任も問われない。
「普通にやれ」って、もはや呪いの言葉だよな。俺たちにとっては。
5|そして誰も手を差し伸べてくれない
だから、家にこもってスマホを見てる時間が一番マシなんだ。誰にも責められない。誰にも期待されない。誰にも「もっと頑張って」って言われないから。
だけど、金は減る。未来は消える。不安だけは増える。
支援センターの番号を押しかけて、結局切る。履歴書の空欄を見て動悸がして、文字が書けない。LINEの返信すら怖くなる。
それでも、「まだ動けるうちは甘え」なんだろうな、この国では。動けなくなったときは?
そのときは、誰も近寄らないよ。壊れた人間に、誰も興味なんて持たないから。
これが、甘えだって?
だったらせめて、俺たちが“甘える”くらいの自由くらい、返してくれよ。

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