
1. 「同じ“障害者枠”でもスタートラインが違う」
障害者手帳を取って、やっと面接にこぎつけた。
「障害者雇用枠だからハードルは下がる」って聞いた。
でも面接会場に来てみれば分かる。
同じ「障害者枠」でも、経歴も資格も全然違う。
高学歴の人。
大手で経験積んでた人。
TOEIC高得点。
資格も職歴も揃ってる。
「障害特性はあるけど、戦力になりますよ」って顔してる。
俺?
短期離職だらけ。
Excelだって使えるのはSUM関数くらい。
配慮が必要です、なんて言ったところで、
「で、何ができるの?」で詰む。
2. 「書類選考から格差を突きつけられる」
求人票は“障害者雇用枠”と書いてある。
でも、裏では「即戦力歓迎」「コミュ力重視」「長期就業希望」。
支援員からは「年齢的にも厳しいですね」と言われる。
「未経験可」なんて書いてあっても、若い方を取る。
スキルがある人を取る。
書類を送るたび、返事は来ない。
面接に呼ばれても気まずい空気になる。
「これまで何をされていましたか」
「なぜ短期離職を?」
「どのような配慮が必要ですか」
正直に言えば「採れない」と言われる。
隠せば「ミスマッチだ」と言われる。
3. 「配属先で分かる、俺の“格”」
なんとか採用された。
でも配属先は「単純作業」。
郵便仕分け。
ひたすらスキャン。
掃除。
同じ障害者雇用枠で入ったAさんは本社勤務だ。
給与も違う。
年収100万円くらい差がつく。
「業務が難しいから」
「本人の能力を考慮して」
現場はそう説明する。
分かってる。
俺にはそれができない。
でも、「同じ障害者雇用なのに」って思ってしまう。
俺はいつも雑用係だ。
「支援」のための安い労働力だ。
4. 「昇給もキャリアも期待するな」
周りを見れば、昇給する人がいる。
管理職登用される人もいる。
「障害者雇用もキャリアを築けます」
企業はそうアピールする。
でも、現実は違う。
特性が重い人。
年齢が上の人。
ブランクが長い人。
単純作業から抜け出せない人。
キャリアアップなんてほとんど無理だ。
俺も「仕事ができるようになれば変わる」と思った。
でも、覚えられない。
パニックになる。
「また間違えたの?」とため息をつかれる。
「あなたはこっちの作業だけやってて」と言われる。
もう成長なんか期待されていない。
5. 「“配慮”という檻の中で」
会社は「合理的配慮」をしてくれる。
「簡単な業務」
「静かな環境」
「短時間勤務」
それはありがたい。
でもそれは「一生そこで働け」という意味だ。
「他に行けないだろ」って言われてる気がする。
「この枠からはみ出るな」って。
給料はずっと安い。
正社員でも非正規並み。
昇給はわずか。
結婚?
子育て?
無理だろ。
生きるだけで精一杯。
6. 「周りが去っていく」
周りの人は転職していく。
スキルを磨いて条件のいい会社へ。
資格を取ってキャリアアップ。
「障害者枠でも正社員登用されました!」
SNSで流れてくる。
でも俺は。
年齢を重ねるほど居場所がなくなる。
転職?
「年齢的に…」と支援員が目をそらす。
受け皿はどんどん減る。
特例子会社に移れ?
今より給料が下がる。
もう逃げ場がない。
今の会社にしがみつくしかない。
でも、「しがみついても底辺のまま」。
それを自覚してしまう。
7. 「同じ障害者雇用でも別世界」
同じ障害者雇用だ。
でも世界は分かれている。
キャリアを築ける人と、
単純作業を回され続ける人。
障害者雇用を成功体験にする人と、
「ここでしか働けない」と自分に言い聞かせる人。
俺は後者だ。
何度も支援員と話し合った。
「できることを増やしましょう」
「挑戦しましょう」
その結果、今ここだ。
もう成長しろとも言われない。
「辞められたら困る」から、
簡単な仕事だけ用意される。
賃金も上がらない。
人生も停滞する。
8. 「誰にも言えない絶望」
誰にも言えない。
「同じ障害者雇用なのに不公平だ」とは言えない。
「配慮してもらってるくせに」って返されるだけだ。
「感謝が足りない」って。
「贅沢だ」って。
だから笑ってる。
「ここで働けてありがたいです」って。
心の中では
「これが俺の限界か」
「死ぬまでこの作業か」
「一生這い上がれないのか」
そう思いながら。

にほんブログ村

にほんブログ村

にほんブログ村

にほんブログ村
コメント